序章:なぜ僕は、自分を「よけいもん」と呼ぶのか
はじめまして。 このブログ「よけいもんログ」を運営する、よけいもんと申します。
40代、男性。ロジスティクス業界で働く、ごく普通のサラリーマン。 愛する妻と子供に恵まれ、家庭では料理や片付けといった家事を一手に引き受けています。
傍から見れば、それは「平穏」で「幸せ」な生活かもしれません。 しかし、僕の胸の奥には、今でも消えない一つの感覚があります。
「自分は、この社会にとって”余けい者”なのではないか?」
このブログのタイトルであり、僕のニックネームでもある「よけいもん」は、19世紀ロシア文学に登場する「余計者( лишний человек )」という人物像に由来します。
優れた知性を持ちながらも、社会に自分の居場所を見出すことができず、時代から疎外され、無為に生きていく登場人物たち。僕が優れた知性を持っているかはべつとして、彼らの姿に自分自身を重ねていました。
就職氷河期の荒波に乗り遅れ、非正規のアルバイトを転々とし、ついには2年間、社会との繋がりを断絶したニートへ。部屋の天井を見上げながら、「自分は何のために生まれてきたんだろう」と、答えの出ない問いを繰り返すだけの毎日。
家族に心配をかけ、友人たちがキャリアを築いていくのを横目に、焦りと無力感だけが心を支配していました。僕にとって、社会はあまりにも巨大で、自分の存在はあまりにもちっぽけな「余計者」に過ぎなかったのです。
しかし、そんな僕も今、こうしてささやかながらも自分の家庭を築き、誰かのために料理を作り、「ありがとう」と言われる喜びに満たされています。
決してスマートな生き方ではありませんでした。 何度もつまずき、遠回りし、泥にまみれました。
だからこそ、このブログには価値があるのかもしれない。
この「よけいもんログ」は、そんな僕が歩んできた回り道(ログ)の記録です。
- 暗闇の中にいた、あの頃の自分へ。
- かつての僕と同じように、今、自分の居場所を見失いかけている誰かへ。
- 社会のメインストリームから少しだけはみ出してしまった、と感じているあなたへ。
僕の失敗談や、ささやかな成功体験が、あなたの心を少しでも軽くし、「明日、もう一歩だけ進んでみよう」と思えるきっかけになることを願って。
これは、社会の片隅で生きる、一人の「よけいもん」の物語です。 そして、これからあなたの物語と交差していく、未来への記録でもあります。
どうぞ、ごゆっくり。 僕の回り道だらけの人生に、少しだけお付き合いください。
第1章:「無為」という名の監獄 ― 僕がニートになった日 ―
1.就職氷河期という名の、最初のつまずき
僕が社会に出たのは、いわゆる「就職氷河期」のど真ん中でした。 大学でそれなりに学び、サークル活動にも精を出し、「普通に就職して、普通に生きていく」ことになんの疑いも持っていませんでした。
しかし、現実は甘くありませんでした。 何十社とエントリーシートを送り、スーツの肩がすり切れるほど面接に行っても、届くのは「お祈りメール」ばかり。周囲の友人たちが次々と内定を決めていく中で、僕だけが社会への切符を手にできずにいました。
「自分は社会から必要とされていない」
初めて突きつけられた強烈な拒絶感。プライドはズタズタになり、あれほど無邪気に信じていた「普通の人生」というレールが、目の前でガラガラと崩れ落ちていく音がしました。
卒業後、僕はフリーターとしてキャリアをスタートさせます。 当時は「まあ、バイトしながらやりたいこと探せばいいか」と、どこか楽観的に考えていました。しかし、それは単なる現実逃避に過ぎなかったのです。
2.光の消えた部屋で、天井を見上げた日々
フリーター生活は、想像以上に過酷でした。 時給制の不安定な収入。将来の見えない閉塞感。正社員として働く友人たちとの会話は、次第に劣等感を煽るだけの苦痛な時間へと変わっていきました。
気づけば、僕は友人の誘いを断るようになり、実家の自室に引きこもる時間が長くなっていきました。そして、ある朝。
ぷつり、と。 心の中で何かの糸が切れる音がしました。
「もう、無理だ」
ベッドから起き上がれない。 着替える気力もない。 誰とも話したくない。
それが、僕の2年間にわたるニート生活の始まりでした。
ニート生活とは、一言で言えば「緩やかな死」です。 昼過ぎに起き、食事は親が作っていたものを食べるだけ。唯一の社会との繋がりは、インターネットの画面の中だけでした。
画面の向こうでは、誰もがキラキラと輝いて見えました。キャリアを積み、恋人と旅行に行き、結婚し、子供が生まれる。そんな友人たちのSNSを見るたびに、自分の惨めさが浮き彫りになります。
「なぜ、自分だけが?」
焦り、嫉妬、自己嫌悪。 負の感情が渦を巻き、僕の心を蝕んでいきました。心配する親の言葉も、当時はただの雑音にしか聞こえませんでした。優しさだと分かっていても、「放っておいてくれ!」と苛立ちをぶつけてしまう。そして、そんな自分にさらに嫌気がさす。悪循環です。
社会という名の舞台から、完全に降りてしまった「よけいもん」。 光の差し込まない部屋は、まるで僕の心象風景そのものでした。このまま、誰にも知られず、社会の片隅で朽ちていくのだろうか。そんな絶望だけが、そこにはありました。
3.小さな一歩 ― 再び社会の歯車へ ―
部屋に閉じこもったままの毎日。
転機は、今の奥さんとの出会いでした。あることをきっかけに出会いましたが、最初は男としても見られていなかった。仕事のないことをきっと軽蔑していたのかもしれません。
「一人の男として見られたい」…という思いがあったわけではないですが、ただ同じ就職氷河期世代として英語を得意としながらも全く畑違いの体育会系な仕事をしている彼女が日々奮闘しているのを見て、「とにかく前に進まないと」という思いを持たせてくれました。
「俺は、一歩進めた」
それは、どん底にいた僕にとって、あまりにも大きな一歩でした。 そこから、僕の「リハビリ」が始まります。
- 1日15分、家の周りを散歩する。
- コンビニで、自分で買い物をしてみる。
- 図書館に行って、本を読んでみる。
一つ一つのハードルは、健康な人から見れば笑ってしまうほど低いものです。しかし、当時の僕にとっては、清水の舞台から飛び降りるような覚悟が必要でした。
そして数ヶ月後、僕はハローワークの門を叩き、短期のアルバートを始めることを決意します。社会の歯車に、もう一度噛み合いたい。そう強く思ったのです。
ニートからの脱出は、決して華々しいものではありません。 地味で、みじめで、一進一退を繰り返す、泥臭い道のりです。 でも、もし今、同じような場所にいる人がいるなら伝えたい。
完璧な再スタートなんてない。 その小さな一歩が、未来のあなたを救う、何よりも尊い一歩なのだと。
第2章:人生の逆転戦略 ― 凡人が正社員になるための生存術 ―
1.パート社員という現実
社会復帰の第一歩として僕が選んだのは、親戚のおじが長らく勤めていた卸売関係の仕事でした。配達や庫内作業を中心とする仕事で、しばらく人と接していなかったので最初は緊張しましたが、配達先で「ありがとう」という言葉をかけてくれるたびに人の役に少しは立っているという喜びが湧いてきました。
久しぶりに自分の力で稼いだ給料。 その喜びも束の間、僕は再び「現実」という壁にぶつかります。
働きがいは感じていたものの、誰でもできる仕事という域からは出ておらず、給与明細を見れば、そこには生活していくのがやっとの金額しかありません。
「このままで、本当にいいのか?」
ニート時代とは違う、しかし、また別の種類の焦りが僕を襲いました。 結婚なんて夢のまた夢。自分の将来設計など、何一つ描くことができない。 このままでは、一生「よけいもん」のままだ。
僕は、この場所から抜け出すことを決意します。 「正社員になる」 ニート時代には、あまりにも遠く、非現実的に思えたその目標を、僕は初めて、現実的な目標として捉え直したのです。
具体的にここから正社員になるための方途はみつからなかったのですが、会社がゆくゆくはパート社員を正社員へ登用することを考えているとの発表があり、そこを信じることにしました。
しかし、正直「にんじんをぶら下げられている状態」と感じ、当時の同世代の仲間も何人かは違う就職口を探し始め辞めていきました。
僕も、この1年で結果が出なければ違う方向を考えようと思っていました。
そんな矢先、一人の正社員が結婚を機に退職される流れになり、そこを任されることに。
その時点では正社員ではなかったのですが、少し専門的な仕事に携わることになり、もしかするとステップアップできるかも期待を膨らませていました。
いざやってみると、コミュ障には一番キツい電話対応が待っていました。たどたどしい話し方で社内のみんなからもクスクス笑われながら、恥ずかしさと緊張で悪戦苦闘の日々でした。
最初はもちろん「自分に合っていないし、もう辞めたい」とは思いました。
ですが、ふと思いました。
「一番苦手なことが、もしかすると一番得意になる可能性がある」のではないか。と
これを克服すれば、自分の世界が広がるのではないか。
こんな気持ちが芽生えました。
その後は、少しずつ数をこなしながらパターンを繰り返していった感じで、いつまで経っても慣れはしませんが電話応対に臆することは少なくなりました。
今思うと、苦手で嫌いで避けていた「人と話すこと」を、仕事上でさせられていたもののその中で思ったのは「自分の発見」でした。
ただ言葉を発すること・会話することですが、少し自分を解放できたという実感がありました。
もし、あなたが過去の経歴にコンプレックスを抱えていたり今億劫に思っていることがあるとしても、ほんの少しの一歩でも進むことができたら本当に大きな一歩です。過去を無かったことにすることはできないけど、**「その過去に、どんな意味付けをするか」**で、きっと過去が大きなあなたの武器になります。
失敗は、語り方一つで、あなたの人間的な深みを示す「最高のストーリー」に変わりはずです。
第3章:”余計者”が見つけた居場所 ― 厨房と子育てと、僕の幸福論 ―
1.僕が「炊事担当大臣」になった理由
正社員としての生活が始まり、経済的な安定と精神的な余裕が生まれると、僕の人生は再び大きく動き始めました。 縁あって、現在の妻と出会い、結婚。そして、新しい命を授かりました。
かつて、社会の「よけいもん」だった僕が、一つの家庭の主になる。 それは、まるで夢のような出来事でした。
我が家は、共働きです。 妻も、専門職として誇りを持って働いています。 そこで、僕たちはごく自然な流れで、家事と育児を分担する道を選びました。
そして、僕がメインで担当することになったのが**「料理」と「食器洗い・片付け」**です。
最初は、単純な役割分担のつもりでした。 しかし、毎日キッチンに立つうちに、僕は料理という行為の奥深さに、すっかり魅了されてしまったのです。
2.厨房は、僕の聖域(サンクチュアリ)だ
料理は、クリエイティブな作業です。 冷蔵庫の中にある限られた食材を、どう組み合わせ、どう調理すれば、家族が「美味しい!」と喜んでくれるか。それは、まるでパズルを解くような、知的なゲームのようでもあります。
最初は家計のことを考えず、自分の好きなものを作りたいと思うものを料理していました。
しかし、家計を圧迫してしまうという大失敗をしてしまい妻に怒られ、今は節約料理を心がけています。
このブログでは、そんな僕が日々挑戦して実践している
- 家計節約!だけど栄養満点料理
- 時短につながるキッチン道具の使い方
- 料理初心者でも作れる簡単料理
など、リアルで実用的な情報もたくさん紹介していく予定です。 僕にとってキッチンは、かつての光の入らない自室とは真逆の、創造性と家族の笑顔に満ちた「聖域(サンクチュアリ)」なのです。
3.父として、子に何を伝えられるだろうか
子育ては、まさに想定外の連続です。 子供の笑顔は、僕の人生における何物にも代えがたい宝物です。 しかし同時に、自分の無力さを痛感させられる毎日でもあります。
夜泣きで眠れない夜。 イヤイヤ期で、道端に寝そべって動かない我が子を前に途方に暮れる午後。
そんな時、ふと、ニート時代の自分を思い出すことがあります。 何もできず、ただただ無力感に苛まれていた、あの頃の自分を。
僕は、完璧な父親ではありません。 スマートな生き方を、子供に背中で見せてやることもできないでしょう。
でも、一つだけ伝えられることがあるとすれば。
「人生は、何度でもやり直せる」 「遠回りしたって、間違えたって、大丈夫だ」
ということ。
僕が子供のために作る、少し不格好な手料理のように。 不器用でも、愛情さえ込もっていれば、それはきっと、誰かの心を温めることができる。
僕がこのブログで発信する子育て論は、立派な教育論ではありません。 社会の片隅で、不器用にもがきながら生きる一人の父親が、日々の奮闘の中で感じた喜びや悩み、そして、ささやかな発見を綴る、等身大の記録です。
それが、いつか大きくなった我が子が、何かの壁にぶつかった時に、そっと寄り添えるようなものであれば。父親として、それ以上の幸せはありません。
終章:「よけいもんログ」の歩き方 ― あなたと共に創る物語 ―
ここまで、長い長い自己紹介にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
僕がなぜ、自分を「よけいもん」と呼び、このブログを始めたのか。 その理由の一端が、あなたに伝わっていれば幸いです。
この「よけいもんログ」で、これから発信していきたいテーマを、最後にもう一度整理させてください。
- 【マインド・生き方】
- ニートや引きこもりからの脱出体験談。
- 自己肯定感を高め、一歩を踏み出すための思考法。
- 社会のレールから外れた「よけいもん」的幸福論。
- 【仕事・キャリア】
- 働きながら資格を取得するための、超具体的な勉強法。
- 未経験から転職を成功させるための、リアルな戦略。
- 物流業界の仕事の裏話。
- 【料理・節約】
- 家族が喜ぶ、簡単・時短・節約レシピ。
- 食費を劇的に下げるための、買い物術や食材保存テクニック。
- 【子育て】
- 共働き家庭の、パパ目線でのリアルな育児奮闘記。
- 子供との時間をもっと豊かにする、ちょっとした工夫。
このブログは、僕からの一方的な情報発信の場ではありません。 あなたのコメントや、あなたの物語と交わることで、初めて完成するものです。
「この記事、分かりやすかったよ」 「自分も同じことで悩んでいます」 「こんな節約術、おすすめです」
どんな些細なことでも構いません。 あなたの声を聞かせてくれると、とても嬉しいです。
僕たちは、決して一人ではありません。 この社会のどこかに、同じような痛みや、同じような希望を抱いて生きている仲間がいます。
この「よけいもんログ」が、そんな僕たち「よけいもん」たちが、ほんの少しだけ肩の荷を下ろし、互いの経験を分かち合えるような、温かい「居場所」になることを、心から願っています。
さあ、物語を始めましょう。 これから、どうぞよろしくお願いします。
よけいもん

コメント